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福音組


裁きの座と恵みの座
by tulip
2015-06-23 15:15:37 | HIT : 734 , ブックマークする ブックマークする

心が裁きの座についているひとと、恵みの座についている人がいます。


裁きの座は、正しいか、間違っているかで裁かれる座であり、

恵みの座は、イエス様が座っておられます。


ヨハネの8章に姦淫の場で捕らえられた女がいて、律法学者とパリサイ人に引かれてきました。

この人たちの心は裁きの座についていて、女の罪を責めました。


イエス様は「罪が現れたということは、今こそ恵みを受ける時だ」と思いました。

それが恵みの座です。


今は恵みを受ける時だと捉える人がいる反面、お前は失敗したじゃないかと責める人がいます。


中風の人を屋根からつり降ろしてイエス様のもとへ連れてきた4人の友がいました。
寝たきりの中風の人は臭いもしたでしょうし、きれいな身なりをしていなかったかもしれません。

普通の人なら、そのような人をわざわざ連れてもいかないし、まして屋根をはがしてまでイエス様の前に連れて行こうとはしないでしょう。


どうしてその4人の友は、そのような行動をとったのでしょうか。

彼らの心には恵みの座があったのです。

たまたま彼が中風になって、このように苦しんでいるが、自分だって弱い人間だ。

そのような哀れみがあったわけです。

裁きの座にいた人なら、「罪があるから寝たきりになったんだろう」と思うだけでしょう。


弱さ、罪が現れたのなら、今、恵みを受ける時です。

アブラハムもダビデもみな弱く過ちを犯した人間でした。


自分が弱さの中に入ったことがある人がいます。

罪の中で苦しんだことがある人がいます。

そして、主は人間がどんなに弱く、邪悪であるかご存知です。

ですから、すべて主は赦してくださいました。


6月21日 午前礼拝

パク・ヨンジュン牧師