信仰の手引き(日本語)

アラム陣営に入り込んだ 四人のツァラアトに冒された人

投稿者
goodnews2
投稿日
2020-08-08 16:19
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自分の人生、 自分が最も愛する肉のために神の道を歩めない人が多くいます。しかし私たちの考えと知恵と方法を捨てて神の御言葉に従うときこそ、アラム陣営に入り込んだ四人のツァラアトに冒された人のようにお腹いっぱいに食べられ、イスラエルに大きな祝福をもたらす道を歩むことができます。

 

飢えているサマリアの町
列王記第二を見ると、サマリアの町がアラム軍によって包囲され、民たちが飢えて死んでいきました。婦人たちは自分の子どもを煮て食べるほど悲惨なことが起きていました。そのとき神の人である預言者エリシャが言いました。「 主はこう仰せられる。『あすの今ごろ、サマリヤの門で、上等の小麦粉一セアが一シェケルで、大麦二セアが一シェケルで売られるようになる。』」突然食料が豊富になると言うのです。驚きの祝福でしたが、王の侍従はその言葉を信じられませんでした。神がそう仰せられたらそのとおりになるのに、彼は「 たとい、主が天に窓を作られるにしても、そんなことがあるだろうか。 」と言い、受け入れませんでした。

 

町の門の入口のツァラアトに冒された人
神はあすの今ごろ、サマリアに食べ物が溢れることを成し遂げられる人が必要でした。神はそのために誰を用いたのでしょうか。サマリアの町には王もいて、軍隊の将軍もいて、多くの人がいましたが、神は彼らを用いられませんでした。彼らは自分なりの考えを持っていたからです。神は自分の考えと方法を捨てられる人が必要でした。そのとき町の門の入口に四人のツァラアトに冒された人がいましたが、彼らは食べ物を求めて隔離された谷から町の門の入口まで来ました。町から誰かが食べ物をくれると期待しましたが、数日が経っても食べ物をくれる人はいなくて、一緒にいた人たちが一人二人死んでいくのを目にしました。それで四人だけが残ったとき、彼ら自身もいずれ死ぬと思った瞬間、彼らは違う考えに導かれました。「町はききんなので、私たちはそこで死ななければならない。ここにすわっていても死んでしまう。さあ今、アラム陣営に入り込もう。もし彼らが私たちを生かしておいてくれるなら、私たちは生きのびられる。もし殺すなら、そのときは死ぬまでのことだ。」彼らは死を覚悟してアラム陣営に入り込みました。すわっていてもどうせ死ぬしかないですが、アラム陣営に入り込めば生きのびられる希望があったからです。そのようにいのちをかけてアラム陣営に入り込んだツァラアトに冒された人たちの足がサマリアの町の人々のいのちを救いました。

 



私たちの信仰を妨げるもの
今でも神が私たちに仰せられます。この世が御言葉によって創造されたように、私たちの人生も神の御言葉によって成し遂げられることを。私たちが御言葉と異なる考えをたくさん持っているため、神の御言葉に従うのをためらいます。
祝福された約束の道があるのにもかかわらず、多くの人が自分の考えと方法について行きます。聖書に私たちの罪を贖ったという御言葉がどれほど多いでしょうか。それでも「私は悪である。私は罪が多い」という考えのせいで罪人として留まっている人がたくさんいます。自分が罪人だという考えを捨てるときこそイエスの血によって救われる世界に入れます。私たちの信仰を妨げるのは、サタンが入れる御言葉と異なる道です。多くの人が神の道ではないサタンが入れた道を歩んでいます。神の祝福を受けた人は、その道から立ち返ります。

 

サマリアの町を生かした人たち
四人のツァラアトに冒された人は、サマリアの門の入口に座っていながら、それが死の道でのろいの道であるのを知りませんでした。漠然とした期待をして過ごしていました。そんなある日、深く考えるうちに神の知恵が入ってきました。その知恵が彼らの心を変えました。「友だちが一人二人死んでいくだろう。私たちも死んでしまうしかない。それでもこのまますわっているつもりなのか。アラム陣営に入り込もう、もし彼らが私たちを生かしておいてくれるなら、私たちは生きのびられる。もし殺すなら、そのときは死ぬまでのことだ」自分たちがいる所が死であるのを知ったとき、彼らは思いもよらなかった決定をしました。結局四人のツァラアトに冒された人がサマリアを生かしました。この美しい話は自分をあきらめて、神を信じる信仰で進んだときに起こるものです。私たちが自分の考えに従うのが良さそうに見えますが、私たちはサタンと仲良しだから神の道と反対に行きやすいです。私たちが神の道を歩もうとすると、私たちの考えが邪魔をするため肉に流されます。

 

神の御言葉に従うとき
聖書は言っています。「肉の思いは死であり、御霊による思いはいのちと平安です。」(ロマ8:6) 自分の人生、 自分が最も愛する肉のために神の道を歩めない人が多くいます。しかし私たちの考えと知恵と方法を捨てて神の御言葉に従うときこそ、アラム陣営に入り込んだ四人のツァラアトに冒された人のようにお腹いっぱいに食べられ、イスラエルに大きな祝福をもたらす道を歩むことができます。