グッドニュース誌(日本語)
月刊「グッドニュース誌」は救いの福音と恵みの証を伝え、多くの人々をイエス・キリストの世界へ導いています。

「レビ記いけにえ講解」全焼のいけにえ②

投稿者
goodnews2
投稿日
2020-12-18 16:58
閲覧数
210

 

神はイエス・キリストだけを受け入れられる


神に全焼のいけにえをささげるには、そのささげ物が必ずきよい動物でなければならないという条件があります。レビ記1章2節で「もし、あなたがたが主にささげ物をささげるときは、だれでも、家畜の中から牛か羊をそのささげ物としてささげなければならない。」と明確に記した理由は、牛や羊はきよい動物だからです。きよい動物でなければ神は受けいれません。

 

きよい動物だけを受け入れられる神
レビ記11章にはきよいものと汚れたものが書かれています。きよい動物と汚れた動物、きよい魚と汚れた魚、きよい鳥と汚れた鳥、きよい昆虫と汚れた昆虫に関する話です。きよい動物と汚れた動物に関する定めをみると、かわいらしいうさぎはきよい動物で、豚は汚れた動物だというわけではありません。私たちにきよく、あるいは汚れたように見えることとは関係なく、神にきよい動物と汚れた動物を分ける基準があります。きよい動物は牛のように、ひづめが分かれて完全に割れていて、反芻しなければなりません。この二つの条件を揃えてこそ、きよい動物です。馬はひづめが分かれていないので汚れた動物で、野うさぎはひづめすらないので汚れた動物です。豚はひづめが割れていますが、反芻できないので汚れた動物だとレビ記11章では語っています。
人の中にもきよい人と汚れた人がいるでしょうか。言うまでもありません。それならきよい人とはどんな人でしょう。十分の一の献金を忘れずにささげる人、主日をよく守る人、聖書を読んで祈る人、教会に仕える人、人助けをする人、律法をよく守る人、罪を犯さない人、このような人がきよいでしょうか。多くの人が罪を犯さず善に生きる人のことをきよい人だと思うでしょう。自分が人より善く生きたと思ったら、自分がきよい人だと思います。
しかし、神の基準は人の基準とは異なります。神はこの地にいたすべての人の中から、きよい人を一人だけ探しました。その方はイエス・キリストです。神からすれば、イエス・キリスト以外にはきよい人は一人もいません。神は汚れた動物でいけにえを行うことを許されません。それと同様に、神は汚れた人間は一人も受け入れません。つまり、神が受け入れる人はイエス・キリストだけです。
サタンはイエスを誘惑し、罪に落とそうと粘り強く働きました。しかし、イエスに傷を見つけられませんでした。神はイエス・キリストを見て、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」と言われました。神はイエス・キリストのほか誰にも、「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ。」と言われなかったことを、私たちは覚えなければなりません。

 

人間は汚れた動物と同じで、神は根本的に否定します
人は自分が汚れた動物のような人間でありながら、もう少し自分を磨いてもう少しうまくやれば、神が受け入れるかもしれないという誤った思いを持っています。今日、どれほど多くの人がこの事実を知らず、自分が信仰生活を上手にしたら神に受け入れられるという思いに陥っていることでしょう。神が人間を受け入れない理由は、私たちが罪を犯したからではありません。十分の一の献金をささげないから、主日を正しく守らないから、聖書どおりに生きないからではありません。人間は汚れた動物と同じで、神は根本的に否定します。ですから、私たちがよくやったときも誤ったときも、まったく同じように否定します。そのため神は私たちを受け入れないのです。
ところが今日この世の多くの人は、神が受け入れないと宣言したその「人間」をよく直そうとしています。教育で、教養で、道徳で、法令で整えて神の前に立たせようと努力するのです。多くの教会では信徒に、「一生懸命祈り、聖書を読み、献金し、伝道し、奉仕し、神の前に立つべき人間にならなければならない」と教えます。しかし、結局はうまくいかないことがよくわかります。

 

「神が」と「私が」
救われた聖徒にも神が受け入れるのはイエス・キリストだけです。私たちは救われて本当に嬉しくて感謝に満ちたときがあったはずですが、そのような生活を続けていて、心が重くて息苦しくて暗いときもあったはずです。そのようなとき、以前のように明るく幸せに暮らそうと昔のように過ごしたくて、その心の状態を回復しようと苦労することがあります。「私はどうしてこうなったのか。祈らなかったからか、早く起きて祈らなくては。最近あまり伝道をしなかったからか、時間が許す限り伝道しよう。聖書をあまり読まなかったからか、聖書をもっと読まなくては」ところでおかしなことは、かつては祈りが皆さんを導いていましたが、今は皆さんが祈りを導かなければなりません。
神がイエス・キリストだけを受け入れられるのを正確に理解していないから、自分が何かをしようとします。かつては心がイエスでいっぱいになって嬉しくて感謝したのですが、心から喜びと感謝が消えれば自分が直接解決しようとします。「自分の中にイエスがおられる」と神を見上げるのではなく、自分で以前の状態に戻そうと努力します。しかし、うまくいきません。神が私たちを受け入れないからです。自ら自分の心を充満した中に引き上げようとしますが、いくら努力しても、そのような状態には達しません。たとえ到達したとしても、神は受け入れません。

 

兄弟の中に神がそのように働かれるのではないですか
かなり前のことですが、パク・オクス牧師が議政府(ウィジョンブ)刑務所に勤務していた警備教導隊隊員に福音を伝えるときの話です。ある日、ウィジョンブ刑務所に行って教導隊員と聖書の勉強をすると、兵長が質問してきました。
「先生、 救われた人はよく聖書を読むようになりますか」
「それは当然ですね」
「でも私は救われたのに、いくら聖書を読もうとしても読めません」
「なぜ兄弟は聖書を読もうとしていますか。兄弟の中に神がおられるなら、神がそのように働かれるのではないですか」
「私が心を込めて働いてもうまくいきません。私が働かないで、神も働かないならどうすべきですか。神が働かなければ私から働かなければなりません。でなければ堕落するではありませんか」
「神が働かれます。」
すると兄弟が笑いながら言いました。
「先生、聖書を読みたくない気持ちに弾みが出て、よかったです」
とても危険な話のように聞こえました。1か月ぐらい経ってまた聖書の勉強の時間にあの兄弟が前に出てきて証をしました。
「私は先生に聖書を無理に読もうと努力するなと言われたので、読まないようにしました。ある日、内務班に行ってみると小さいポケット用の聖書が一冊ありました。とても可愛くて綺麗だったので他の隊員が持って行くのが心配で、拾って自分のポケットに入れました。数日後、歩哨に立った後で内務班に戻り、床にうつ伏せになって寝ようとしましたが、胸のポケットの聖書が邪魔になるではありませんか。それで聖書を取り出して横になったまま読み始めました。しばらく読んでから座って読んで、また横になって聖書を読みました。このように聖書を読み始めてこの1週間で新約聖書を読み終えました。私は、自分にこんなことが起こるとは思いもしませんでした」
今日、私たちの信仰に生じる問題は私たちがイエスに代わろうとすることです。私たちの中で、イエスに代わることができる人は一人もいません。私たちが働くのとイエスが働くのは雲泥の差です。それにもかかわらず、私たちは神が働けないようにしています。イエスが働くように機会を与え、少し待ってみることをしないで、「イエスが働かないなら私が働かなければ」と思って自ら働こうとします。ですからイエスが働けません。
イエスを信じられない人はイエスが働かれるまで待てず、主が働かないようであれば自ら働かないと気がすまないのです。 うまくできる自信がなく、うまくいくこともなく、たびたび失敗しても、イエスが働かれるのを待てません。神は他に方法がなくて、やむをえず「聞きなさい。私は牛や羊のようにきよいものは受け入れるが、豚は牛乳できれいに洗わない限り決して受け入れることはありません」と言われたのでしょうか。
どんなに格好の良い馬でも神は受け入れません。ただイエス・キリストだけを受け入れられました。

 

イエスの中にいれば
いくら磨いても馬は馬で、ろばはろばです。よく整えたとしても馬が牛になったり、ろばが羊になったりしません。私たちは神に受け入れられない汚れた人間です。神はただイエス・キリストを受け入れます。ですから、私たちがキリストの中に入れば、何も問題なく神の前に出られます。
私たちがイエス・キリストの中に入れば、天国へ行けるのです。私たちは切符を買って電車に乗った人と同じです。もし、電車に異常が生じれば、機関士や整備士たちが自ら解決するように、私たちが天国へ行くのにいかなる問題があったとしても、それはイエスが解決してくださいます。私たちがすべきことではありません。電車について何も知らない私たちが電車の整備をしたとして、電車が目的地まで早く行くわけではありません。私たちが何かをしようとせず、イエスが私たちをどう変えるのかを見てください。
イエスは救われた聖徒の中で働き始めています。イエスが私たちの中で数多くの働きを築き上げています。これからは上手に働けることも上手に働けないことも、全てをイエスに任せましょう。もし、「イエスが働かなければどうしよう」と思って自分が働こうとしたら、それは自分がイエスより上手にできるという思いです。そのような心を持った人は高慢な位置に立っています。神はレビ記で、きよい動物だけをささげ物として受け入れると言われました。そのきよい動物はイエス・キリストです。神が受け入れる人はイエス・キリストしかいません。私たちが神の前に立つためには必ずイエス・キリストの中に入らなければなりません。もし私たちに醜くて悪な部分があるなら、それを自分で直そうと努力してはなりません。イエス・キリストの中にいてはじめて、その問題が解決されます。

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