グッドニュース誌(日本語)
月刊「グッドニュース誌」は救いの福音と恵みの証を伝え、多くの人々をイエス・キリストの世界へ導いています。

「レビ記いけにえ講解」全焼のいけにえ④

投稿者
goodnews2
投稿日
2021-02-15 22:14
閲覧数
133

その皮を剥いて
ささげものの皮を剥がして、内臓を全部取り出して
燃やすようにイエス・キリストが私たちの中にある
醜くて汚れた全てを解決しました。

表に現れていない罪人
自分の悪をどれだけ隠したか隠せなかったかの違いがあるだけで、世の中には善な人はいません。人はみな悪で、醜く汚いのです。私たちは人の心がどのようなのかよくわかりません。しかし、イエスは私たちの心を知っておられます。マタイの福音書15章でイエスは「人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲」(マタイ15:19)だと言われました。善な人はいないのに上品なふり、立派なふり、罪を犯しても犯していないふりをするという意味です。
教養があるから、地位があるから、体面があるから、本性を隠して外見はもっともらしく見える人がいます。時には、大丈夫そうに見える姿に自分自身も騙されてしまいます。ですから、自分は他の人よりも善人だと思って暮らす人が多いのです。自分は頭が良くてきれいで正直だと思い込んでいる人が多いのです。

心の皮を剥ぐ
他の祭祀では皮を剥ぐことはないけれど、全焼のいけにえは、「皮を剥ぐ」という内容が書いてあります。皮を剥ぐことを考えてみると気持ちが悪くなります。しかし、神の前で全ての人間の皮が剥がされる日が来ます。肉体の皮のことを話しているのではありません。私たちの中に入り込んでいる悪で汚れた醜い思いや、体面や教養や道徳などを指しています。私たちを包んでいるその偽善の皮がすべて剥がされ、中が現われてこそ、真の全焼のいけにえになるのです。
祭司が子牛の皮を剥ぐように、神が皆さんを包んでいる皮を剥いで、皆さんの心の中にあるすべてのものをさらけ出せば、おそらく皆さんもその悪で醜い姿に驚いて困惑することでしょう。このように多くの人が酷く悪であるにもかかわらず、自分の義を表わすために汚い部分を隠しながら生きています。自分の義を立てようと努力し、「神の義」に服従しません。
ヨハネの福音書8章にある姦淫の現場で捕らえられた女の話では、イエスを除いてその場にいたすべての人は罪人でした。 姦淫の現場で捕らえられた女は、罪が明らかになった状態、つまり皮が剥がされた状態でした。その場にいた人は罪があるものの、隠されている状態、つまり皮で覆われている状態でした。その女だけがイエスと心から会いました。
神の義を立てようとする人は自分の義を立てようとする人と全く異なります。自分の悪によってイエスの義を受け入れ、その義を味わいながら生きることを喜びます。イエスに会った人々の中で誰が恵みを受けましたか。サマリヤの女、38年間の病人、十字架につけられた強盗、取税人ザアカイのような人です。彼らは中にある汚れた部分が外に現れた人々です。
彼らとは反対に、祭司長や律法学者、パリサイ人のような宗教者の皮はとても厚く、彼らの中にある汚れたものは外に現われませんでした。それで彼らは自ら自分が善良なもので、神によく仕えていると思っていました。そのように生きた人はイエス・キリストとは何の関係もない人でしました。今日も、イエスの時代と同じく、いわゆるキリスト教という宗教に閉じこめられて偽善の人生を生きている人が多いのです。彼らはイエスと何の関係もない人々です。

それでもイエスは私たちを愛しています
自分の心の中にある汚れた罪が明るみに出て、神の前で自分が隠せない罪人だと悟り、恵みを求める人だけが恵みを受けることができます。罪の赦しを受けた後の信仰生活においても同様です。救われた聖徒がイエス・キリストに近づけば近づくほど、自分が汚れているとわかるようになります。他の人より優れたものが何もなく、正義もなく、善なものがないことを深く感じるようになります。それでそのような人間を愛する神に、熱い感謝をせずにはいられません。
時には人から私の過去を知っていると言われることがあります。たとえ私たちに対して知っている部分があるにしても、それはほんのわずかです。イエスは私たちを知り尽くしていながらも、私たちを愛しています。何のために私たちを愛し、守って、私たちのような人間を使うのかよく理解できません。
イエスは私たちの皮を剥ぎ、中をすべて覗いたうえで私たちを救いました。救われた聖徒はイエスが一緒に暮らしているのでとても平安です。仮にイエスが私たちの中をすべて覗かないで、片方だけを見て、恵みを施し祝福したのなら私たちはどれほど不安になるでしょうか。「このような過ちがあるのに、もしイエスが知ってしまったらどうしよう。私を追い払わないだろうか」と思わないでしょうか。イエスは私たちの隅々を知っていながら、私たちが知らないことまで知り尽くして私たちを愛し、私たちはその愛の中で自由と解放を享受しているのです。
イエスが私たちを救ったのは、私たちに騙されたからではありません。イエスは私たちが醜くて汚いことを知っていて、卑劣なのもわかっています。エレミヤ17章で「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。」と言われましたが、イエスはそれでも私たちを愛しています。ですから、私たちはイエスを賛美し、神の栄光を讃えるわけです。


愛の主イエスよ、心を開く、主よ我が内にいまして、命を給え
私たちのことを他の人が知り尽くしていたら、私たちを無視しそうな気がしたので、救いを受ける前は偽善的に暮らしていました。ですから、知ったかぶりをして賢そうにし、偉そうに見えるよう頑張りました。「愛の主イエスよ、心を開く、主よ我が内にいまして、命を給え」という賛美を知っていますか。私たちは誰かに心を開いたことがありませんでした。私たちが心を開けば、間違いなく無視されると思ったからです。しかし、生まれて初めてイエスに心を開きました。イエスは私たちの心が醜くて汚いことを知っていながらも私たちを愛しているからです。私たちを受け入れて、私たちのために、そして、私たちを捨てないと約束してくれたからです。
私たちがイエスを悪く言ったとしても、イエスを殴ったとしても、イエスは私たちと一緒におられます。私たちが約束したのではなくイエスが約束したので、私たちが軟弱で醜く汚くても、イエスの前に立つと心に自由があります。本当の安息があります。
神をよく知らない時は、「神様はどうして私のような人を愛するのか。私のような人は使わないでしょう」と思います。

ささげ物の皮を剥がして、内臓を全部取り出して燃やすように
イエスは世にいる間、姦淫を犯した女、サマリヤの女、十字架の強盗、取税人ザアカイのように、当時の人から非難を浴びた人々を心から愛していました。そのような人々は、世のどこからも慰めや安らぎを得られませんでしたが、イエスに出会ってイエスの中に入って、本当の安らぎと慰めを手に入れました。
 イエスの前で私たちが善なふりをする必要はありません。善になろうと努力する必要もありません。イエスは私たちの醜く汚れていることを知った上で、私たちを愛したからです。それがまさに全焼のいけにえで皮を剥ぐ話です。ささげ物の皮を剥がして、中にある内臓を全部取り出して水に洗ったあと燃やすように、イエス・キリストが私たちの中にある醜くて汚れた全てを解決しました。驚くべきことに、私たちを、神の前に進むとき足りないものがないようにしてくれました。
全焼のいけにえで皮を剥ぐという話は、イエスが私たちに「これから善に生きなさい」という意味ではなく、私たちが汚れていて醜いことを知った上で、それらを次々と現すという意味です。そしてその全てをイエスが解決します。
私たちが自分の中がどれほど汚れて醜いのかも知らないときに、イエスは私たちの中にある汚れて醜い部分を一つずつ取り出して「こんなのものがあるではないか」と言います。そのとき、私たちは「神様、これをどうしましょうか。神様が解決してください」と懇願するようになり、神が解決してくださいます。そうしているうちに、変わります。

福音を伝えるより嬉しいことはない
人々は善い行いや道徳心で自分の心をいくら隠しても、神の前では罪が明らかになるしかありません。イエス・キリストの血が私たちを贖ったとき、神はそれで満足して私たちを受け入れます。私たちの罪も覚えていません。イエス・キリストが流した貴い血が、私たちの罪をすべて赦したからです。
イエス・キリストは私たちの罪を赦しただけでなく、私たちと一緒におられます。私たちは下手ですが、神の仕事をするようにと一つずつ私たちに任せます。学校で、町で、職場でイエスを現すのが神の意志です。しかし救いを受けた後、自分が変わったことを知らず、昔のように伝道するのが難しいと思って黙っていると、心が苦しくなります。そのように過ごしながら、誰にでも話しかけているうちに、私たちの心が嬉しく楽しくなります。私たちみんなが、そのように変わりました。全焼のいけにえのように神は私たちの心を表した後、そのすべてをイエスが付けられた十字架の上で解決しました。再び罪に定めない、イエスは私たちと共におられます。伝道より嬉しいことはありません。

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