ユ・インドク(グッドニュース・カンナム教会)
羊飼いの導きの中で今は幸せ

 私は敬虔なキリスト教家庭で一人息子として生まれた。父は宣教団体で働いていたとき、ある長老教会で母と出会って結婚した。母は牧師の父と結婚し、キリスト教団体で共同体生活をしていたが、いつも罪のゆえに悩んでいた。時間が経ち、1989年のある日、薬局(現、カンナム教会のイム・ミョンドク執事)を営む薬剤師からもらった「罪の赦し、生まれ変わる秘密」の本を読んで救われ、ソウル第一教会に通い始めた。

 その頃から家族はは母を迫害し始めた。父は、母が受けた救いが間違っていると言いながら教会に行けないように防ぎ、長老教会で職分を持つ祖母も、母が父の進む道を妨げる人だと言って迫害していた。当時、私は5歳で幼かったが、宗教の問題で毎日喧嘩をしている家族が大嫌いだった。母を無視する家の雰囲気のせいで、私もいつしか母を無視していた。

 私が9歳の頃、父は母を他の教会に行かせまいと、お祖母さんに私を預けて母と一緒に1年間海外に出て行った。父は欧州で6か月、中国の大連で6か月間、母と語学研修をしながら中国で宣教するものが神様の志だという心を抱いていた。中国で宣教するのが母がグッドニュース宣教会に行くことは諦められると思ったようだ。1年後に両親は韓国に帰って来た。それから1994年8月、私が10歳の頃、私は両親について中国ハルビンに行った。

 不思議なことに、同じ時期にグッドニュース宣教会でも中国に宣教師を派遣した。父が韓国に行ったら、福音を伝えるために中国を訪れたグッドニュース宣教会の伝道旅行チームが、度々私の家に訪れ、聖書のみことばを伝えてから帰って行った。 1年後、私はまた両親と一緒に北京に行った。

 父は人柄の良い方だが、父と一緒にいると心休まることがなく、負担だった。父はいつも父の友達の子どもと私を比較して言った。「父さんの友達の息子はこうなのに、どうしてお前はそうなのか?聖書を読みなさい。お祈りしなさい。」そして私が知りたいことがあって質問すると「疲れる」と言った。反面、母について教会に行けば、気休めできて平安を感じた。

 2000年、中学校3年生になった頃、神様は私に多くの事をした。父は宣教活動をしている途中、脱北者関連の事件に巻き込まれて国家安全部に捕まり、追放された。そのことで国家安全部(安企部)が私たちの家を探していることを聞いて、私たちは急いで北京にいるグッドニュース教会の宣教師さんの家のすぐ下の階に引っ越した。その年の夏に修養会に参加した。幼い頃から母についてよく教会に通い、福音を聞いても救いの確信はなかったが、新たに福音を聞き直し、イエスの血で私の罪が洗い流されたという事実が信じられた。

 その年の冬のクリスマスが近づく頃、父は私がグッドニュース宣教会に通っているのを知った。私がパク・オクス牧師さんと撮った記念写真を偶然に見たのだ。クリスマス前夜行事の準備中にそのことを聞いて不安になったが、牧師と奥さんが交わりをしてくださり、平安な気持ちで家に帰った。父にひどく怒られると思ったが、父は静かに私に言った。母と離婚しようとするので、父と母のうち、誰と暮らすのか選びなさいと言われた。私は母と一緒に教会にも行きたいし、父とも一緒に暮らしたいと申し上げた。私が涙を流すと、父も涙を流した。そして離婚はしなかった。

 2003年、高校3年生の頃、中国全域にサーズが発生した。北京のすべての学校が休校し、多くの韓国人が故国に帰った。宣教師さんは私にエステル4章の「死ななければならないのでしたら、死にます。」というみことばを伝えて、福音を聞けずに死んでいく人が多いので、ここに残って一緒に福音を伝えようと話した。私は宣教師さんの家族と生活しながら通訳し、福音を伝えながら過ごした。

 翌年4月には大学の入学試験を受けなければならなかったが、これまで授業をないがしろにしたことが心配になった。宣教師の奥さんに相談すると、今から勉強すればいいと言ってくれたのでその時から北京大学入学を目指して勉強を始めた。留学生は別途に試験を受けることになっているので、12月末から韓国留学生に向けた入試塾に通った。勉強をしていた4か月間、神様は多くの恵みを与えてくださった。塾で初めて模擬試験を受けた時は中国語以外のすべての科目の成績が悪かったが、模擬試験を受けるたびにすべての科目で成績が平均10点ずつ上がり、北京大学経営学科に入学できた。

 大学に入ってから、私は成功したい欲望に駆られた。体は教会にあったが、心は神様を去っていた。2005年の夏、神様は私が自ら勉強できない軟弱な者であることを見せてくださった。期末試験も頑張って、ワールドキャンプにも参加し、諦めていた奨学金ももらうことができた。しかし、私は神様を自分の力では叶わぬ願望を満たしてくれる道具にして、自分の計画した道に沿って、はばかることなく走ってしまった。

 2005年、秋学期には英語を上達させたいと思い、一大決心をして英語文学分析という科目を選択した。英語に対する基礎が足りない私が受講するにはとても難しい科目だったが、‘前の学期にもすべてやり遂げたので、やればできる’という考えで大胆に選択した。しかし、今まで私がやり遂げられたのが神様の恵みだという事実を忘れていた。

 11月に受けた期末試験で、とんでもない点数が出た。100点満点で7点!やる気満々だった私にはどうしても耐えられない点数だった。ミクロ経済学試験でも20点台の点数が出た。いつも人々の前で勉強ができる人のようにしていた私には、とても衝撃的な点数だった。次回の期末試験でいくら良い点数を取っても、2科目とも科落するしかないという計算が出た。それなら4年間の全額奨学金を受けられない場合もあるという結論も出た。絶望的だったが、それでも最後まで耐えなければならないという覚悟で学校に通った。

 泣きっ面に蜂で、かつてない不思議な症状が現れた。対人恐怖症だった。知り得ない恐怖が襲い、100人余りが聞く必須の授業を到底、聴けないほどだった。自分自身をコントロールしようと絶えず努力したが、結局、教室から逃げてきて学校をうろつき、絶望に見舞われた。しかし、私は最後まで滅びたくなかった。どうすれば私の点数を無効にさせ、奨学金を受け続けることができるか悩んだ。

 私の考えた方法は休学だった。休学すれば、受け取った点数が無効になり、奨学生の身分を維持できそうだった。しかし、北京大学は休学条件が厳しく、正当な事由がなければ認めてもらえなかった。私は精神科医を訪ね、うつ病になってこれ以上勉強できないと、休学に必要な証明書を頼んだ。私は医者から出されたうつ病の診断アンケートに率直に答えた。ところが、実際にうつ病が深刻だという結果が出た。休学を申し込んだ日、タクシーの中で泣いた。二度と復学できないと思った。学校に通うことが一番の自慢だったが、今は学校のことで一番悲しくて恥ずかしい人になったのだ。

 休学後、私は極度な絶望に陥り、不眠症に苦しんだ。8日間も眠れなかった。1日8時間の睡眠論を主張し、一度も徹夜したことがない私には想像もできないことだった。永遠に眠れなさそうだった。母と一緒に病院に行き、睡眠剤注射を打ってもらって家に戻り、眠りを誘った。それでも眠れなかった。自分が寝たいから寝られるわけではないということを、そのときはっきり分かった。神様が眠れないようにしたら、私は絶対に眠れない人だということを。牧師と牧師の奥さんが私をハルビン教会へ連れて行った。不思議なことに、ハルビンに到着してからは寝ることができた。ハルビンの牧師は私に、韓国に行って12月26日に始まる第3次短期宣教訓練に参加することを勧めた。私は韓国に行くのが嫌だったが、休学すると学生ビザが取り消されて12月25日までしか滞在できなかったので、仕方なく韓国に行った。

 12月25日に北京で最後の日曜礼拝をささげてからインチョン行きの飛行機に乗った。私の前に何が待っているのか怖かった。10年以上中国で暮らしていたので、その暮らしが当たり前だと思っていたのに、神様が許可しなければそれもできないことを知った。神様は私が願わない道に私を導いた。

 2005年12月25日の夕方、韓国に到着して26日から始まる短期宣教師訓練に参加した。私は徹底的に自分に縛られていた。自分自身を見て絶望し、いつも自分自身を意識した。多くのみことばを聞いても、私の耳をかすめるだけで、心には一言も入らなかった。そのような私と関係なく、神は条件のない恵みで私を短期宣教師と呼んでくださった。初めは派遣国としてインドを選んだが、ある牧師さんがガーナも英語圏で、中国人もたくさんいるのでガーナに行けと言われた。私はアフリカに行くとは思ったことがなかった。ただでさえ心も弱く、体も弱いのに、アフリカに行けばマラリアにかかって死ぬのではないかと思った。しかし、私もガーナの短期宣教師の一員となった。

 出国する前日、水曜礼拝のときに初めてみことばが心に入ってきた。詩篇51編16~17節のみことばだった。「たとい私がささげても、まことに、あなたはいけにえを喜ばれません。全焼のいけにえを、望まれません。神へのいけにえは、砕かれた霊。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」

 翌日の未明、空港に向うバスの中で、私の心には平安と望みがあった。‘神様が私を傷つけたのに、このような私を軽べつしない。神様は私が何かをすることは喜ばない。こんな私でも神様は恵みをくださるのだ。’恐れていたアフリカに対して初めて望みが湧いてきた。ガーナに向かう飛行機の中、私は、7点を取ってから二度と勉強しないと思っていた英語で書かれた聖書を読み始めた。

 私は自分を立てて、誰よりも見栄を張ることが好きな人だった。ガーナに行っても同じだった。ガーナの宣教師はしばしば私たちに「人は二度救われなければならない。罪から救われなければならず、自分を信じる心からも救われなければならない。」と言った。私は自分自身を信じたので、自分が信じたものが何か、その意味さえ知らなかった。みことばを聞いても、すべて自分の考えで理解して聞いた。

「そうか。今日のみことばはこういう意味だったんだ。」福音を伝えるときも論理的に伝えた。そしていつも人々が救われるように努力した。学校で勉強するように、熱心にすれば良いと思った。神様は私が恐れていたマラリアに3回もかかるようにした。最後にマラリアにかかったときは、あまりにも心が苦しくなって、ある短期宣教師に近づき、交わりを受けた。すると彼はしばらく黙ってから「サタンに騙されながら、騙されていることすら気づかない人はかわいそうな人だ。」と言った。その話を聞いて大きなショックを受け、神様に私を哀れんでくださいと切に祈った。その後、神様の恵みで私が福音を伝えると、人々が救われることがあった。そして神様は私に約束のみことばもくださった。しかし、恵みを受けたことで私の心はだんだん高くなっていった。
短期宣教師の活動が終わる頃、1年前に現れた症状が再び再び現れた。絶望的だった。絶え間なく湧き上がってくる思いにかられて、暗い気持ちで帰国した。神様は私を哀れんで、再び中国に行って宣教師さんの世話の中で過ごさせた。

 サタンが与える思いに駆られて過ごしたある日、神様が私に恵みを施してくださった。インターネットでグッドニュース・カンナム教会の日曜礼拝のみことばを聞く途中、金持ちと乞食ラザロの話の中で、‘金持ちは死んで地獄へ行ったが、そこでも心を折らず、家族たちも同じ道を歩むようになった’という話を聞いた。‘私は滅びても、私の家族まで滅びるのはだめだ。降伏しよう’という思いがした。教会と牧師の前に出て、私の心を打ち明けて降伏を宣言すると、神様のしもべの言葉が私の心に臨んだ。中国にいるある牧師がヨハネの福音書11章43節の「ラザロよ。出て来なさい。」というみことばを伝えると、そのみことばが私の心に臨んだ瞬間、神様に対する感覚が回復されて悪霊が去った。

 その日の夜、祈りをささげると、神様が十字架の真の意味を教えてくださった。悪な私は十字架につけられ死んだので、これ以上裁かれることがなく、もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられることが分かった。

「だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイの福音書6:33)

 神様が最も大事にしながら私たちに必ず与えたいと思うのは、神の国と神の義だという事実を心深く悟らせてくださった。私には望みがなかったので、新たな望みを天の御国において、そのみことばどおり神様に求めた。

 しかし、学校に復学して通う中、ある日また問題が起こった。首の筋肉や顔の筋肉などが私の意志とは関係なく震えたり動いたりした。今は病院での診察の結果、軽いチック障害と診断されたが、当時、私には大きな衝撃だった。その現象を解釈するために一人で考えに捕らわれてしまった。

「私が意図していないのに、なぜ筋肉が震えるのか?これは確かに、中国で私を監視している人々と組職が送る信号に違いない。公安なのか?国家安全部だろうか?」まるでモールス符号のように、筋肉が2回震えたら、私を監視する組織が私に送る信号だと思った。狂気のようだが、そのような考えに捕らわれ、再び不眠症になった。考えに引かれて正常な暮らしができなくなった。もう学校も行けなくなり、2010年の初めに韓国に来た。韓国に帰って来てからも不安な思いに惹かれ、いつも落ち着かずいらいらしていた。不安な考えは頭の中から消え去らず、寝ることも難しくなった。母はグッドニュース・カンナム教会に私を預けた。誰が見ても正常ではなかったが、パク・オクス牧師はそんな私を見て、 「インドクは正常だ。」と言いながら、教会で中国語を翻訳する仕事を手伝うようにしてくださった。

 その後、社会服務要員として勤務していたある日、とても心が不安になり、区域長の執事に話すと、再びパク牧師と相談を受けるようにしてくれた。そのとき、パク牧師が言った。

「インドク、私の話よく聞いて。あなたは自分でがん患者だと思っているとしよう。しかし医者が君にマラリア患者だと言ったら、あなたはがん患者か、マラリア患者なのか?」

「医師がマラリア患者だと言ったならマラリア患者です。」

「そうだ。君は医者の言葉を100%信じなければならない。君はマラリア患者だ。」

それから聖書を開いてヨハネの福音書14章27節のみことばを読んでくださった。「わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。」

「私が医者の言葉を100%受け入れたら、私が感じる感覚や考えは一つも重要ではない。マラリアにかかった時に薬を飲めばすぐ治るように、私がパク牧師の言葉を100%受け入れたら治る。」と思い、パク牧師が伝えたみことばを神様が私の心に植えつけてくださった。「君は医者の言葉を100%信じなければならない。」と言った牧師の一言が私の心に大きく留まった。

 それからは私の中で上がってくる不安な思いより、牧師からのみことばを大きく受け止めて信じた。そうすると、不思議なことに、今までなかった平安が心に根付いてきた。パク牧師が私を心から思ってくださるという心があったので、その方のみことばにより安らぎを得ることができた。
その後、私の人生に多くの変化が訪れた。社会服務要員の仕事も正常にでき、明るく平安な心と健全な精神で生きることができた。パク牧師から日曜礼拝のみことばを何度も聞いてみてと言われ、再びそのみことばを聞いた。今考えてみると、私の状態が良くなるということは、私の心が神様の心に近付くという気がする。そうでなければ、私は考えに引きずられるしかない人だからだ。

 社会服務要員を除隊する頃、進路問題で再びパク牧師に会って相談した。パク牧師が「インドク、君はあなたの考えと神様のみことばの間に線を引けるか?あなたの考えと神様のみことばを正確にわきまえることができれば、驚くべき人となれるのだ。」としながら、社会服務要員を除隊すれば宣教会傘下の部署で勤務し、たくさんみことばを聞いてほしいと言われた。これまでは自分で良いと思う道を選びながら生きてきたが、結果はすべて良くなかったので、パク牧師の導きを受けることとなった。そのときから今まで、私はインマヌエル宣教部で働いている。

 その後、グッドニュース・カンナム教会の青年会とともに多くの恵みを受けた。2015年初め頃、教会から青年会主催で集会を開きなさいと言われた。私が組長となって行事を準備したが、場所を借りるのが難しかった。そのとき、ムン・ヨンジュン牧師が「使徒の働きを見れば、毎章の始まりは苦難があるが、いつもその終わりは神様が美しくしてくださった。」と声をかけてくれた。そのみことばが信じられた。その後、神様の働きでとても良い場所を借りることができ、集会にも多くの人々が参加してみことばを聞いた。10月にあった青年集会では、初めて私がマインド講演を行った。人々の前に立ち、自分の話をするのを恥ずかしがる者だったのに、教会とともにやっているうちに、いつの間にか私にはできなかったことをしている自分を見た。その後もマインド講師の資格も取り、中、高校でも数回マインド講演をした。



 ある日、結婚の話が出たとき、心配な部分があってパク牧師に話した。

「私にいろいろと不足なところがありますが、こんな私が結婚してもいいですか?」

「君、今いいじゃないか。人が風邪をひくことがあるが、治れば何の問題にもならない。大丈夫だ。」

 ついに2016年2月、グッドニュース・カンナム教会で結婚式を挙げた。既成教会に通う多くの家族の反対にもかかわらず、父が結婚式に出席し、パク牧師からの祝辞を聞いた。とても感謝した。結婚式が終わって妻が私に話した。パク牧師と記念写真を撮るとき、パク牧師が妻の隣に立って「インドクはいい子だ。」と2度も言われたが、まるで父親が言ってくれた言葉のようだったと言った。この頃から私は生まれて一度も感じなかった幸せを味わいながら暮している。結婚して1年が過ぎた今、神様は私に大いに働いた。フィリピンにマインドの講師として招かれたり、これまで母を迫害していた89歳のお祖母さんにも福音を伝えて救われたりした。お祖母さんはグッドニュース・カンナム教会のシルバー会が主催したシルバーパーティーに参加し、パク牧師のみことばも聞いた。父も‘神様が息子に祝福を与え、またいい嫁もくださった’と言いながらとても喜んでいる。神様が私たちの家族全員を救いで導いてくださると信じている。

 私は、サタンが与える考えに簡単に惹かれ、倒れるしかない者だ。だから神様は私を、教会と神様のしもべを通していつも見守ってくださっている。私の人生を教会に任せれば、主は教会を通して私を見守り、また幸せになれる。本当に羊を大切に思う者は羊にえさを食べさせ、羊を守る羊飼いであるように、羊になった私を祝福の道に導き、守ってくださるのは、神様と神様のしもべである。羊が一番よくなるためには、自分を羊飼いに任せて導かれなければならないように、サタンに騙されるしかない私も、教会の声を聞いて神様に私の残りの人生を任せれば、神様が世の終わりまで私を守ってくださると信じる。この尊い福音を伝えることに、神様が何の役にも立たない私を雇ってくださるのが光栄で、私たちを愛してくださる神様と教会に深く感謝する。