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[ドイツ] 荒野の道がドイツに続く。ツィッタウとベルリンを照らすミラクルツアー
Author
goodnews
Date
2025-12-02 21:29
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70
|小さな国境都市から首都まで――神様が備えてくださった二つの道
ポーランドで熱い反応の中、連続公演を終えたミラクルツアーチームは、すぐに国境を越えてドイツ・ツィッタウ(Zittau)へ向かった。街のあちこちにはクリスマスムードが満ち、ドイツでの最初の舞台に向けた期待感はますます高まっていった。
▲ヨハネス・バイス牧師(左)、チン・ビョンジュン牧師(左から2番目)、アギラ副牧師(右から2番目)、クォン・ヨングァン牧師(右)
実は、この都市での公演は最初から計画されていたわけではない。ツアーの1カ月前、旧東ドイツ地域で無銭伝道の旅をしながら公演場所を探していたとき、偶然ツィッタウ中心部にあったエリム教会(Elim Gemeinde)を訪ねたのがきっかけだった。突然の訪問に驚く主任牧師と若い副牧師。しかしミラクルツアーについて詳しく話すと、主任牧師は「行事を準備するには1カ月では無理だ」と心配を示した。
そこでツアーチームは、3年前にバウツェン(Bautzen)で、公演前日まで会場が決まらなかったものの、神様が奇跡的に道を開いてくださった体験を証として語った。
「信仰の翼を広げて飛ばなければなりません。状況が不可能に見えても、信仰の翼を広げれば必ず乗り越えられます。その過程こそ証となり、信仰を経験できるのです。聖徒の皆さんにも、そのような信仰を伝えるべきではないでしょうか。鷲のように飛ばなければなりません。」すると、副牧師は自分の名がアギラ(Aquila)であり、ラテン語で「鷲」という意味だと語った。
教会の会議でも「時間があまりにない」という意見が出たものの、最終的に「神様のためのことならやってみよう」という結論に至った。その直後、市庁傘下のホール・Volkshaus(フォルクスハウス)が使用可能であるとの知らせが入り、さらに地域の青少年宣教団体が広報を引き受けることとなり、準備は驚くほどスムーズに整っていった。
御言葉に耳を傾ける観客たちは深くうなずき、心から共感を示していた。
「ある日、若い教役者の方が事務室に突然訪ねてきて、ミュージカルの計画を20分ほど説明してくださいました。最初は、準備の時間も人員も足りないと思いました。しかし心のどこかで、『もしかしたら私たちでもできるのではないか』という思いが芽生えたのです。そこから人々に話し始めると、驚くべきことに扉が一つずつ開いていきました。そして今日、このようにミュージカルを開催することができました。公演は本当に素晴らしいものでした。単に専門的な舞台というだけでなく、心に響く瞬間がいくつもありました。ツィッタウでは、これほど多くの人が集まる行事はほとんどなく、とても特別でした。また、招待した方々がほとんど来てくださったことも大きな喜びでした。特に、多くの若者が参加したことには驚かされました。舞台と演技は本当にハイレベルで、メッセージも信仰的に非常に大切な部分を正確に指し示していたと思います。
もちろん、私たちの地域には聖書をほとんど読んだことのない住民も多いので、いくつかの表現は少し聖書的すぎるかもしれないという考えもあります。しかしそれでも、イエス様が私たちの罪のために犠牲となられ、その方によって私たちが自由になったという中心メッセージは、確かに明確に伝わっていたと信じています。」
ベルリン(Berlin)
ヨーロッパ政治と文化の中心であり、ドイツ統一の象徴でもあるベルリン(Berlin)。歴史と現代が重なり合うこの都市でも、今年初めてクリスマスミラクル公演が開催された。
ベルリン公演準備の始まりは、思いがけない“つながり”からだった。会場を探していたミラクルツアーチームに、ある教会が公演の広報映像を見て「ぜひ招きたい」と直接連絡を入れてきたのである。その教会の代表はトニー・ルター牧師で、自分は宗教改革者マルティン・ルターの17代目の子孫であると紹介した。
開演と同時に礼拝堂は明るい雰囲気に包まれ、人々は一心にメッセージへと引き込まれていった。劇が進むにつれ、観客はうなずき、時には笑い、そして目を潤ませながら舞台に心を重ねていた。
同日のベルリン集会では、ミン・ウンギ牧師が「イエス・キリストがこの地に来られたのは、人間を罪から救うためである」と語り、行いによらず、聖書の御言葉どおり「価なしに義と認められた者」であることを力強く伝えた。そして、「ベルリン市民だけでなく、すべての人の罪は、すでにイエス様の中で終わった」と語り、神様へ深い感謝と栄光をささげた。
ベルリンの観客ステファン(Stefan)
ベルリン公演を訪れた観客ステファンは、クリスマスミラクルを見るのは2回目だとし、いつも新しくて深い感動を与える時間であったと語った。
「今日も本当に深い感動を受けました。彼女や仲間たちと来られて嬉しかったです。この公演は単なる文化イベントではなく、祝福のメッセージと福音を体験できる場だと思います。」
彼は続けて語る。
「クリスマスはすべての人のためのお祭りです。私たちはイエス様の中で新しいアイデンティティを受け、その方は希望と愛、そして確信を与えてくださいます。今という時代に“希望を抱くこと”は本当に大切です。」
経済的困難、家庭の問題、人間関係の葛藤など、多くの人が重い荷を負って生きているが、それでも福音は人生に「希望をもたらす力」だと言う。
「自分の考えだけを頼りに生きるなら、希望はありません。しかし神様の御言葉は、私が神様の前で義とされ、聖なる者であると再確認させてくれます。それは私の努力によるのではなく、イエス様がすべてを成し遂げてくださったからです。そして牧師さんの説教を非常に良かったです。福音が明確に宣言され、律法ではなく恵みによって生きられること、そしてすでに救われているというメッセージが力強く伝わりました。最初のミュージカルも2幕目も本当に素晴らしかった。この公演が続いてほしいです。」
今回のミラクルツアーでヨセフ役と班長を務めたシン・ウヒョク団員は、このツアーを通して“新しい自分”を発見したと語った。
長い間、彼は自分を「誰かに迷惑をかける人間」だと思い込んでいた。短期宣教師の訓練を始めるときも「迷惑をかけないように、中間だけやろう」と控えめな気持ちしかなかったという。そのため、ミュージカルの配役を決めるときも、エキストラやスタッフにしてほしいと頼んでいた。
しかし神様は彼に、予想とは全く違う役割、ヨセフ役と班長という大きな責任を与えられた。「本当に負担でした。練習の度にヨセフ役を避けて逃げ回ったこともあります」そんな彼の心を変えたのは、牧師の一言だった。「神様が皆さんに最も適した役割を与えたのです」その言葉に触れた瞬間、負担がすっと消えていった。
「もし神様が私をこの役に立てたのなら、責任も神様が負ってくださるはずだ。演技が下手なことを神様が知らないはずはない。それでも私をこの役に立てるなら、すべて神様が導いてくださるだろう。」
その時から彼はヨセフ役を心から楽しめるようになったという。そして舞台の上で、観客が泣いたり、笑ったりする姿を見て、はっきりと気づいた。
「ヨセフを演じていたのは“私”ではありませんでした。神様が演じておられたのです。私はずっと“誰かを幸せにできない人”だと思っていたのに……いつの間にか“幸せを伝える人”になっていました。」
彼は、これからの1カ月余りのツアー日程を、神様が自分を通してどのように導かれるのか、大きな期待で満たされていると語った。
ヴュルツブルク、レーゲンスブルクを経て、次の目的地である東欧のもう一つの“荒野”へと向かう。今回のツアーの至るところで経験したように、道が行き止まりに見える場所にも、神様は必ず新しい道を開いてくださった。次の都市には、どのような神様の働きと出会いが準備されているのかという期待を胸に、再び福音の光を携えて新しい舞台へ向かって歩み出す。
ポーランドで熱い反応の中、連続公演を終えたミラクルツアーチームは、すぐに国境を越えてドイツ・ツィッタウ(Zittau)へ向かった。街のあちこちにはクリスマスムードが満ち、ドイツでの最初の舞台に向けた期待感はますます高まっていった。
▲ツィッタウ市内
ツィッタウは、チェコとポーランドの国境に位置するドイツ南東端の小都市で、古い三角国境都市らしく、静かで落ち着いた雰囲気に包まれている。
▲ヨハネス・バイス牧師(左)、チン・ビョンジュン牧師(左から2番目)、アギラ副牧師(右から2番目)、クォン・ヨングァン牧師(右)実は、この都市での公演は最初から計画されていたわけではない。ツアーの1カ月前、旧東ドイツ地域で無銭伝道の旅をしながら公演場所を探していたとき、偶然ツィッタウ中心部にあったエリム教会(Elim Gemeinde)を訪ねたのがきっかけだった。突然の訪問に驚く主任牧師と若い副牧師。しかしミラクルツアーについて詳しく話すと、主任牧師は「行事を準備するには1カ月では無理だ」と心配を示した。
そこでツアーチームは、3年前にバウツェン(Bautzen)で、公演前日まで会場が決まらなかったものの、神様が奇跡的に道を開いてくださった体験を証として語った。
「信仰の翼を広げて飛ばなければなりません。状況が不可能に見えても、信仰の翼を広げれば必ず乗り越えられます。その過程こそ証となり、信仰を経験できるのです。聖徒の皆さんにも、そのような信仰を伝えるべきではないでしょうか。鷲のように飛ばなければなりません。」すると、副牧師は自分の名がアギラ(Aquila)であり、ラテン語で「鷲」という意味だと語った。
▲公演が開かれたVolkshaus(フォルクスハウス)
教会の会議でも「時間があまりにない」という意見が出たものの、最終的に「神様のためのことならやってみよう」という結論に至った。その直後、市庁傘下のホール・Volkshaus(フォルクスハウス)が使用可能であるとの知らせが入り、さらに地域の青少年宣教団体が広報を引き受けることとなり、準備は驚くほどスムーズに整っていった。
▲公演を見に来たツィッタウ市民たち
▲第1幕 オペラ「For Unto Us」
▲第1幕 オペラ「For Unto Us」
▲御言葉を伝えるチン・ビョンジュン牧師
▲御言葉に耳を傾ける市民たち
御言葉に耳を傾ける観客たちは深くうなずき、心から共感を示していた。
▲第2幕 アンナの物語
▲第2幕 アンナの物語 (カン・ウンミ団員)
▲第3幕 アンナの物語
▲アンナの物語に感動する市民たち
出席者インタビュー
▲ヨハネス・バイス主任牧師
「ある日、若い教役者の方が事務室に突然訪ねてきて、ミュージカルの計画を20分ほど説明してくださいました。最初は、準備の時間も人員も足りないと思いました。しかし心のどこかで、『もしかしたら私たちでもできるのではないか』という思いが芽生えたのです。そこから人々に話し始めると、驚くべきことに扉が一つずつ開いていきました。そして今日、このようにミュージカルを開催することができました。公演は本当に素晴らしいものでした。単に専門的な舞台というだけでなく、心に響く瞬間がいくつもありました。ツィッタウでは、これほど多くの人が集まる行事はほとんどなく、とても特別でした。また、招待した方々がほとんど来てくださったことも大きな喜びでした。特に、多くの若者が参加したことには驚かされました。舞台と演技は本当にハイレベルで、メッセージも信仰的に非常に大切な部分を正確に指し示していたと思います。
もちろん、私たちの地域には聖書をほとんど読んだことのない住民も多いので、いくつかの表現は少し聖書的すぎるかもしれないという考えもあります。しかしそれでも、イエス様が私たちの罪のために犠牲となられ、その方によって私たちが自由になったという中心メッセージは、確かに明確に伝わっていたと信じています。」
ベルリン(Berlin)
▲ベルリンのライヒスターク(Reichstag)建物
ヨーロッパ政治と文化の中心であり、ドイツ統一の象徴でもあるベルリン(Berlin)。歴史と現代が重なり合うこの都市でも、今年初めてクリスマスミラクル公演が開催された。
▲Tony Luther(トニー・ルター)主任牧師(一番左)と教会の関係者たち。ハン・デヒ牧師(右から2番目)
ベルリン公演準備の始まりは、思いがけない“つながり”からだった。会場を探していたミラクルツアーチームに、ある教会が公演の広報映像を見て「ぜひ招きたい」と直接連絡を入れてきたのである。その教会の代表はトニー・ルター牧師で、自分は宗教改革者マルティン・ルターの17代目の子孫であると紹介した。
▲公演が行われた教会
▲公演を始めるK-POPダンス
▲第1幕 オペラ「For Unto Us」
▲第1幕 オペラ「For Unto Us」
▲第1幕 オペラ「For Unto Us」
▲イエスの誕生を見て感動するベルリン市民たち
開演と同時に礼拝堂は明るい雰囲気に包まれ、人々は一心にメッセージへと引き込まれていった。劇が進むにつれ、観客はうなずき、時には笑い、そして目を潤ませながら舞台に心を重ねていた。
▲福音を伝えるミン・ウンギ牧師
▲御言葉を聞くベルリン市民
同日のベルリン集会では、ミン・ウンギ牧師が「イエス・キリストがこの地に来られたのは、人間を罪から救うためである」と語り、行いによらず、聖書の御言葉どおり「価なしに義と認められた者」であることを力強く伝えた。そして、「ベルリン市民だけでなく、すべての人の罪は、すでにイエス様の中で終わった」と語り、神様へ深い感謝と栄光をささげた。
▲第2幕 アンナの物語
▲第2幕 アンナの物語
▲第2幕 アンナの物語 (ソ・ユニ団員)
▲アンナの物語に集中する観客たち
出席者インタビュー
▲ステファン
▲ステファンと仲間たち
ベルリンの観客ステファン(Stefan)
ベルリン公演を訪れた観客ステファンは、クリスマスミラクルを見るのは2回目だとし、いつも新しくて深い感動を与える時間であったと語った。
「今日も本当に深い感動を受けました。彼女や仲間たちと来られて嬉しかったです。この公演は単なる文化イベントではなく、祝福のメッセージと福音を体験できる場だと思います。」
彼は続けて語る。
「クリスマスはすべての人のためのお祭りです。私たちはイエス様の中で新しいアイデンティティを受け、その方は希望と愛、そして確信を与えてくださいます。今という時代に“希望を抱くこと”は本当に大切です。」
経済的困難、家庭の問題、人間関係の葛藤など、多くの人が重い荷を負って生きているが、それでも福音は人生に「希望をもたらす力」だと言う。
「自分の考えだけを頼りに生きるなら、希望はありません。しかし神様の御言葉は、私が神様の前で義とされ、聖なる者であると再確認させてくれます。それは私の努力によるのではなく、イエス様がすべてを成し遂げてくださったからです。そして牧師さんの説教を非常に良かったです。福音が明確に宣言され、律法ではなく恵みによって生きられること、そしてすでに救われているというメッセージが力強く伝わりました。最初のミュージカルも2幕目も本当に素晴らしかった。この公演が続いてほしいです。」
舞台裏、信仰につながった団員たちの話
▲シン・ウヒョク団員
今回のミラクルツアーでヨセフ役と班長を務めたシン・ウヒョク団員は、このツアーを通して“新しい自分”を発見したと語った。
長い間、彼は自分を「誰かに迷惑をかける人間」だと思い込んでいた。短期宣教師の訓練を始めるときも「迷惑をかけないように、中間だけやろう」と控えめな気持ちしかなかったという。そのため、ミュージカルの配役を決めるときも、エキストラやスタッフにしてほしいと頼んでいた。
しかし神様は彼に、予想とは全く違う役割、ヨセフ役と班長という大きな責任を与えられた。「本当に負担でした。練習の度にヨセフ役を避けて逃げ回ったこともあります」そんな彼の心を変えたのは、牧師の一言だった。「神様が皆さんに最も適した役割を与えたのです」その言葉に触れた瞬間、負担がすっと消えていった。
「もし神様が私をこの役に立てたのなら、責任も神様が負ってくださるはずだ。演技が下手なことを神様が知らないはずはない。それでも私をこの役に立てるなら、すべて神様が導いてくださるだろう。」
その時から彼はヨセフ役を心から楽しめるようになったという。そして舞台の上で、観客が泣いたり、笑ったりする姿を見て、はっきりと気づいた。
「ヨセフを演じていたのは“私”ではありませんでした。神様が演じておられたのです。私はずっと“誰かを幸せにできない人”だと思っていたのに……いつの間にか“幸せを伝える人”になっていました。」
彼は、これからの1カ月余りのツアー日程を、神様が自分を通してどのように導かれるのか、大きな期待で満たされていると語った。
▲ミラクルツアーチームとステファンの仲間たち、そしてハン・デヒ牧師
ヴュルツブルク、レーゲンスブルクを経て、次の目的地である東欧のもう一つの“荒野”へと向かう。今回のツアーの至るところで経験したように、道が行き止まりに見える場所にも、神様は必ず新しい道を開いてくださった。次の都市には、どのような神様の働きと出会いが準備されているのかという期待を胸に、再び福音の光を携えて新しい舞台へ向かって歩み出す。




