信仰の手引き(日本語)

ペテロのしゅうとめを癒されたイエス

Author
goodnews2
Date
2025-02-19 17:31
Views
989


イエスは私たちの目に見えず、どのように探せばいいのかよくわからないけれど、生きて私たちのそばにおられます。しかし生きているイエスを信じずにほかの方法について行くと、イエスとどんどん遠くなり恵みを受けることができません。これから皆さんがイエスを覚えて頼れば、イエスがペテロの家を訪ねられたように皆さんの所にも訪ねられるはずです。

ペテロの家に行かれたイエス
聖書のマタイの福音書8章にはイエスがいろいろな病人を治した話が出てきます。ある日、イエスがペテロに言われました。
「ペテロよ、今日はあなたの家に行こう」
「え? 私の家にですか? はい、分かりました」
ペテロはガリラヤで魚をとる漁師でした。ところがある日、魚を一匹もとれず失望していたとき、イエスに会いました。イエスはペテロに深いところに行って網を下ろすように言われ、ペテロはそのイエスの御言葉を頼って網を下ろして魚をたくさんとりました。その日からペテロは全てを捨ててイエスの弟子になりました。


よろこびと幸せが溢れる家
イエスがペテロの家に行かれたとき、ペテロのしゅうとめが熱病で床に着いていました。それを見たイエスはしゅうとめの手を触りました。ペテロのしゅうとめが床から起き上がり言いました。
「もう頭が痛くありません。熱が下がりました。イエス様、ありがとうございました」
ペテロのしゅうとめの熱病が治ったのです。ペテロのしゅうとめがイエスに話します。
「イエス様、食事をしてから帰ってください。すぐに支度をします」
それからすぐに台所に行って食事の用意をして、イエスをもてなしました。
熱病で食事すらできなかった人がイエスに会って病気が癒され、あまりにもうれしくてイエスに食事をもてなしたのです。ペテロの家族もまたどれだけうれしかったでしょうか。イエスもしゅうとめが治って料理するのを見て喜ばれたはずです。その日ペテロの家には喜びと幸せが溢れていました。


なぜペテロの家に行かれたのか
その日イエスがペテロの家になぜ行かれたのかについては聖書に記録されていません。しかし、イエスがペテロの家で何か特別な技を施したのではなく、しゅうとめの病を癒したことだけが記録されているのを見ると、ペテロのしゅうとめが病気であったことを知っておられ、わざと訪ねられたのだと考えられます。
イエスは病に侵されている人の家に行かれてその病を癒し、大変な問題が起こっている家に行かれてその問題を解決し、恐れにおそわれている家に行かれてその恐れを追い出し、絶望の中に置かれている家に行かれて祝福された人生を生きていけるように導いてくださいます。そのため皆さんが難しい問題にぶつかったとき落胆しないで、悔しいことにぶつかったとき怒らないで、イエスを頼ればいいのです。




一番幸せな人
もちろん、「大変なことが起きたけれどどうしよう?」と苦しむ中で両親を頼ることもあります。両親の保護を受けてきたので親の助けが必要なのは確かです。しかし年をとればとるほど親がやってあげられないことが生じます。具合が悪いときには医者に頼ることもできます。しかしいくら立派な医者がいたとしても、皆さんにいつもついていることはできません。

皆さんが本当につらくて大変なとき、頼れる方は誰でしょうか。それはイエスです。皆さんが家にいるとき、学校で勉強をしているとき、どこに行ってもイエスは皆さんと共にいて皆さんを守ることができます。『イエス様がペテロの家に行ってしゅうとめが床に着いているのを見たように、私のこともご覧になるはずだ』という心を持たなければなりません。そして『イエスが私をどのように癒されるのかな』とイエスのことを考えれば、本当にイエスが皆さんのために働かれるのを見ることができます。『私がイエスを信じているのに私のことを知らないふりをするはずがない』『私がイエスに祈ったのにイエスが聞こえないふりをするはずがない』という信仰をもったとき、世の中で一番幸せな人になります。



私たちを訪ねられるイエス
学人々は不信が満ちている世の中で生きているので、自分の考えで信じられることだけを信じようとします。そして『信じたのに間違ったらどうしよう』と心配します。人を信じて損をすることはあってもイエスを信じて損をした人はいません。イエスに頼って失敗した人もいません。イエスには解決できないことなどありません。皆さんにいくら大変なことが起こっても、いくら重い病気にかかってもイエスにできないことはありません。
皆さんの目に見えることを信じようとしないでください。皆さんの近くにいる能力のある人を頼ろうとしないでください。イエスを目で見ることができず、どのように探せば良いのかよくわからないけれど、イエスは皆さんのそばに生きておられます。ところが生きておられるイエスを信じずにほかの方法について行くと、どんどん遠くなり恵みを受けることができなくなります。これからはイエスを覚えてイエスに頼れば、イエスがペテロの家を訪れたように皆さんの所も訪れるはずです。