グッドニュース誌(日本語)
月刊「グッドニュース誌」は救いの福音と恵みの証を伝え、多くの人々をイエス・キリストの世界へ導いています。

「レビ記いけにえ講解」穀物のささげ物①

投稿者
goodnews2
投稿日
2021-03-13 17:28
閲覧数
115

 

小麦粉をささげ物とする
神の願われることは一粒の麦の皮がはがれて砕かれ、
きれいな小麦粉になることです。私たちが砕かれてきれいな粉になり、
神に思いっきり使われる人になることを願います。

 

小麦粉
レビ記1章では、全焼のいけにえについて語っています。全焼のいけにえの規定で神へのささげ物になるためには、私たちがいけにえとなり燃えなければなりません。これは、救われるための私たちの心の状態を語ります。2章に記録されている穀物のささげ物は、「救われた後はどんな姿になるべきか」ということを語っています。私たちが救われた後、神が喜ばれる人になるための心の状態を語っています。
レビ記2章の1節は、「人が主に穀物のささげ物をささげるときは、ささげ物は小麦粉でなければ…」と語り始めています。レビ記2章で、穀物のささげ物について読んでみると、「小麦粉」という言葉がとても多く出ます。穀物のささげ物の材料は小麦粉です。小麦粉とは、小麦の皮をはいで粉々にし、本来の形がほとんど残っていない状態で、指でこすっても粒をまったく感じられない状態であるのが「小麦粉」です。その小麦粉の中に油をそそぎ、こねてパンを作りますが、以前の小麦の形とはまったく違う新しい形になり、穀物のささげ物として神にささげられるのです。もしくは、小麦粉に油をそそぎ、乳香と塩を加えて穀物のささげ物としてささげられます。
救われた聖徒は、教会の中で自分の主観、品性、意志、経験などは当然に捨てるべきです。もし、そのようなことが神の教会の中で現れるなら、その人はまだ小麦粉になっていないということです。そして、小麦粉になっていない人は、神の前に香ばしい穀物のささげ物としてささげられないのです。

 

自分の思いを砕くべき
数年前、ある都市に教会を開拓しました。礼拝堂として賃貸物件を探しましたが、条件の良い物件がなかったので、古くても庭の広い一軒家を購入しました。そして、その家にあった建物を改造して礼拝堂として使いました。その後、礼拝堂を新しく建てることにしました。工事が始まり、兄弟たちが油圧ショベルを持ってきて古い家を打ち壊し始めました。屋根の瓦もガラスの窓や柱も打ち壊し、一つも残さず、全部打ち壊しました。その家はまだ結構使えたのだったが、奥の部屋も、入り口の部屋も取り壊しました。家の裏には、素晴らしい野菜畑がありましたが、その畑もひっくり返してしまいました。そして、そこに赤いレンガの立派な礼拝堂が建ちました。
家がまだきれいで、もったいないと思いました。ガラス窓も新しく取り換え、屋根も新しく修理し、壁のクロスも張り替えたばかりでしたが、油圧ショベルは全然気にしませんでした。古い家を打ち壊さないと新しい家を建てることができないのです。
サタンは、神のみこころとはまったく異なり、思い入れのある家を私たちの心の中に作っておきました。私たちは長い間その家で暮しました。しかし、その家は打ち壊されなければなりません。小麦の皮が剥かれてこそ、きれいな小麦粉になるのと同じで、私たちの中のすべての思いを打ち壊されなければなりません。良い思い、悪い思い、汚い思い、清い思い、正しい思い、淫乱な思い、どんな思いでもそのすべてを打ち壊すべきです。いくらきれいでも肉から出たものは肉です。私たちの思いは、すでにサタンによって汚染されたため、すべての思いは捨てなければなりません。私たちの皮がはがれて粉々に砕かれ、きれいな小麦粉にならないといけないのです。小麦粉になったときは練ることもでき、パンを作ることもできるのです。好みの四角のパンや丸いパンも作れます。それこそ、神が喜ばれるなだめのかおりのささげ物になるのです。
残念ですが、多くの人々が自分の中から上がってくる肉の思いを、少しずつ削ってきれいな形にしようと努力しています。よくない思いは抑えて、タバコを吸う人や賭博をする人はその時間を少し減らして、自分の思いを神の思いに合わせようと努力するのです。まるで、新しく建てたいビルの設計図を前に置き、古い家をビルにしようと努力することと同じです。レンガの1枚を積み上げたり外したり、スレートの1枚を上げたり下ろしたり、ガラス窓を取り付けたり外したりしているのと同じで、多くの人々が信仰もそのようにしています。
イエスはこのように言われました。
「それから、イエスは弟子たちに言われた。『だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい。』」(マタ16:24)
「主を求めよ。お会いできる間に。近くにおられるうちに、呼び求めよ。悪者はおのれの道を捨て、不法者はおのれのはかりごとを捨て去れ。主に帰れ。…」(イザ55:6~7)
悪者はその道を、不法者はそのはかりごとを「直す」ということができるなら、どうして神は「捨て」と言われたのでしょうか。直してできることではないという意味です。私たちが真の信仰生活をするためには、自分の思いを直すのではなく、丸ごと捨てなければなりません。

 

サタンの武器である肉の欲求
サタンが私たちを騙すためには、取っておきの武器があります。創世記の3章には、神が蛇を呪われるとき「おまえは、一生、腹ばいで歩き、ちりを食べなければならない。」と言われました。ちりは、人間の肉を意味し、サタンは私たちの肉を餌とします。肉のために、自分自身を大切に思わせるのがサタンの働きです。そして、イエスが私たちのために働かれることは、私たちが大変苦労することのように思わせます。イエスを信じることは馬鹿みたいなことで、実際には何もできないと思わせるのです。そのため、自分を信じる心が崩れなければ、イエス・キリストの世界が私たちの心の中にきちんと立つことができません。
イエスは「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て…」と言われました。肉の欲求を満足させながらイエスについて行くことはできないのです。神の祝福は、肉の欲求と同時には得られません。多くの教会に対して、肉の欲求と霊の欲求をともに満たしてくれると思っているようですが、実際は、肉の欲求だけを満たし、霊的な欲求はまったく満たしてくれません。しかし、人々は騙されて霊的な欲求も得ていると思うのです。

 

自分の皮がはがれて、きれいな小麦粉になったのか
救われた後、教会に学びの浅い人が多くて交わりたくない、教養に欠けている人が多くて交じわりたくないと思う人がいます。自分の色がそのまま残っていて、自分という皮がはがれずに「自己」という形のままで砕かれていない状態から見ると、そのようにも思えるでしょう。そのような人は、自分が自分に対して上品で美しいと思うかも知れませんが、神は、何の価値もないただの形のままでしかご覧にならないのです。そのような人は、きれいな小麦粉になっていないので、パンを作ることには使われないのです。
『私、救われたのよ。けれども子どもは私の思ったとおりに育てるつもりよ』
『私、救われても結婚だけは私の思いどおりにします』
『私、救われたが、牧師の導きに従うと大変になりそうだから、牧師の言うことには知恵を持って対応しないと…』
知恵のあるように見えますが、サタンに騙されている人々です。
私たちは救われても、サタンに騙され、自分の満足を得たいと思っています。人々から尊敬される人、認められる人、信仰がある人になりたい欲望が私たちの心の片隅にありました。しかし、神は私たちが握っている欲望を私たちの心から取り除きます。神は私たちが大事に握っているものを奪うたびに、私たちが想像も出来なかった尊いもので返してくださるのです。それを知らない人は、自分が握っている欲望に向かって走っていきます。
神は私たちを大変貧しくさせ、すべての欲望を投げさせます。そして、私たちの心が変わると、思いもよらないほどの祝福をしてくださいます。時には、私たちを低くさせ、それまでの偽善的な生き方のすべてを脱がせます。その後から、神が私たちを高めて私たちのすべてを導いてくださいます。今、私たちが握っているのは、自分でつかみ取ったものではなく、神が私たちにつかみ取らせたものです。そのため、私たちが守るために頑張る必要もないので、とても平安で自由にいられます。ときには、私たちの計画どおりに物事が進まないときもありますが、神が私たちを導かれ、結果は神のみこころのとおりに成し遂げてくださることを確実に信じています。
自分の欲望に捕われた生き方と、自分のすべてを神に任せ、導かれる生き方は、言葉では表現できないほどの大きな差があります。自分の欲望に捕われると、人間的な方法を使ってでも自分の思いどおりにしようとします。それでもできないときは、神を恨んだり、人を憎んだり、ときには嘘もつきます。しかし、自分を脱ぎ捨てた人は、もうそうする必要はまったくありません。神がすべてのことを成し遂げてくださるから、私たちは平安で自由にいられます。悲しいことがあっても恨まずに待てば、大きな恵みとして変わることを経験できます。

 

私たちの思いを砕かれる神
御霊の働きに期待せず、信仰と言いながら自分で生き方を正そうと、努力する人々がいます。自分の決心で酒やタバコをやめようとする人、自分で牧師として頑張って素晴らしい説教をしようとする人、そのすべての人が自分の志を立てようとする人たちです。神に期待せず、神を見上げず、自分で何かを成すために頑張るなら、そのために苦しむことになるでしょう。自分自身が砕かれて粉々にならなければ、神が喜ぶ正しい信仰生活をすることができません。しかし、自分自身が砕かれて粉々になれば、その人は自分で頑張らなくても神が成し遂げてくださいます。
アブラハムは100歳になって息子を得ました。その前まで彼には、神が息子をくださるという信仰がありませんでした。そのため、自分で息子を得ようと頑張りましたが、むしろ神のみこころに逆らうことしかできませんでした。イシュマエルを得たのがそのときです。ある日、アブラハムは、神が約束したため、息子を得るために自分で頑張る必要がないことに気づきました。自分の妻であるサラを通して息子をくださることを知り、無理に頑張らなくなりました。その信仰のとおりに100歳になったとき、息子を得ました。それだけではなく、神がその息子を全焼のいけにえとしてささげなさいと言われたときも平安でした。その息子によって、空の星のように、海の砂のように多くの子孫が生まれることを信じていたため、アブラハムの心には喜びと自由がありました。

レビ記2章の穀物のささげ物の中で重要なのは、神の願われることは一粒の麦の皮がはがれて砕かれ、きれいな小麦粉になることです。神は、モーセを使うために、40年間も荒野で彼を砕かれました。パウロを使うためにも、ヨセフを使うためにも、ヤコブを使うためにもそうなさいました。神は、今日も、私たちを砕いておられます。私たちが砕かれてきれいな粉になり、神に思いっきり使われる人になることを願います。

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