グットニュース誌(日本語)
月刊「グットニュース誌」は救いの福音と恵みの証を伝え、多くの人々をイエス・キリストの世界へ導いています。

「パク・オクス牧師の証」地の果てまで福音を、終わりの日まで主と共に_259

投稿者
goodnews2
投稿日
2021-08-27 22:17
閲覧数
31

私たちの祈りを一つも
欠かさず成し遂げられる神様


私は1962年に救われて宣教学校で訓練を受けた後、1963年にアプコットンという村に行き、1964年4月にジャンパリに移ってから軍隊に入隊するまで、1965年10月までそこにいた。軍隊に入る1年前に入隊令状をもらったが、ジャンパリ教会で多くの人々が救われていたので軍隊に行きたくなかった。しかし軍隊に行っても神様が私のために必要なすべてを準備してくださると考え、1年間、時間があるたびに祈った。
「神様、私が軍隊に行っても神様の恵みを受けたいです。まず、上官たちに恵みを受けさせてください。そして同僚たちからも恵みを受け、後輩たちからも恵みが受けられるようにしてください。」

祈って聖書を読み、訓練生たちを集めて礼拝を導きながら
神様は私の祈りを一つも欠かさず叶えてくださった。私は入隊してから訓練所で基本教育を受けた後、ウォンジュ通信訓練所でモールス符号を使って交信するROC教育を16週間受けた。ROC教育は310期までテジョン通信学校で行っていたが、ウォンジュ通信訓練所に移転されたので311期だった私がウォンジュ通信訓練所の最初の騎手となった。それは実に幸運だった。なぜなら入所するROC訓練生がみんな後輩になるからだ。
最初の1週間はどれほど大変だったか気が気ではなかった。しかし1週間後からは祈りをささげる時間ができた。訓練生は1クラスに40人で2つの内務班を使い、1つの内務班に20人で生活をし、各内務班では夜10時から明け方6時まで見張り番をしなければならなかった。1人が2時間ずつ、1日に4人の夜間歩哨兵が必要だった。私は内務班の同僚たちに毎日夜の見張り番に立つと言い、その代わりに夜明け4時から6時まで最後の歩哨に立つと言った。同僚たちは皆いいと言った。
夜間の歩哨は内務班に入ろうとする人を監視するだけなので、特にやることがなかった。その頃は寒い冬だったので、内務班にはストーブがあり、ストーブの上の桶にはお湯がいっぱい入っていた。そのお湯で髪を洗ったりお風呂に入ったりしながらお湯を思う存分使うことができた。使い終わったら桶に水を入れて再びストーブの上に置けばいい。 何より良かったのは、祈りを捧げて聖書を読む時間ができたことだ。
ウォンジュ通信訓練所には毎週の土曜日に、ノンサン訓練所、テグ訓練所、チャンウォン訓練所などから後輩訓練生たちが入って来る。私は彼らを管理する仕事を引き受けた。新しい訓練生たちが来れば私は内務班ごとに入って言った。
「皆さん、昨日は汽車の中でよく寝ましたか?不慣れな所に来たからといってあまり緊張しないでください。緊張すると不安になります。心を楽にして余裕を持てばすぐに後輩たちが入って来るし、そうする間に教育期間も終わります。」
優しく話しかけながら「キリストを信じる人は手を挙げなさい」と言うと80~90%の人が手を挙げた。彼らの名前を書いてから「明日の朝9時に放送が流れたら集まって礼拝をささげましょう」と言った。
日曜日の朝9時に訓練生たちを集めて山の中に入って日当たりの良い所で礼拝をささげた。私が礼拝を率いて御言葉を伝えることにとても感謝した。最初は40~50人の訓練生が集まったが、後には180人余りが集まって礼拝をささげた。当時、大佐が礼拝を導いている第1軍司令部の教会には30~40人程度が集まったが、訓練生の私が率いる通信訓練所では200人近く集まった。私は教育を受けていた16週間、多くの訓練生たちに御言葉を伝えることができてとても感謝した。

パク二等兵、私に何か手伝うことはありませんか
訓練生たちは3人1組となって活動しなければならなかった。私の番号は28番で、同じ組の29番はソン・スンジョン、30番はキム・チャンウォンだった。私たち3人は大の仲良しになった。私は教育担当、キム・チャンウォンは装備担当、ソン・スンジョンは教育担当だった。ある日、教育を受けに行ったとき私を呼ぶ放送が流れた。
「ROC311期パク・オクスは教授本部に来なさい。」
「なぜ私を呼ぶのか?」と思いながら教授本部に行った。
「ROC311期のパク・オクス、呼ばれてきました。」
中尉の教育将校が私を見て言った。
「パク二等兵、ここに座りなさい。」
普通、将校であれば兵士にぞんざいな言葉づかいをするが、その方は私に気を使いながら接していた。
「パク二等兵は軍に来る前に何をしていましたか?」
「はい、教会の伝道師でした。」
「やっぱりそうでしたか。」
その方は前日、日直だったので、私が訓練生たちを集めて礼拝をささげる姿を見ていたのだ。訓練生である二等兵が礼拝を主管するのを見て驚いたと言った。私が訓練生を率いて山の中に入って礼拝を導き、御言葉を伝える姿を見て、その夜は眠れなかったと言う。その理由は、教育将校であるバン中尉は、軍隊に来る前は大変熱心に信仰生活をしたが、軍隊に入ってから信仰を捨てて今は酒やタバコもするようになったと言った。自分は将校だけど、二等兵の私が御言葉を伝えるのを見て衝撃を受けたと話した。
「パク二等兵、何か手伝うことはありませんか?」
「教育将校様、私たちを助けてくださることはたくさんあります。まず、礼拝をささげる教室を一つ貸してください。教室で礼拝ができれば、寒い山で礼拝をするよりもっと良いと思います。」
「ああ、 そうしてください。どんな教室がお望みですか?」
「16教場は中に装備もなく広いのでそこを使いたいです。」
バン中尉は兵長を呼んで、私に16教場の鍵を一つ渡して日課後はいつでも使えるようにと言ってくださった。本当に感謝した。神様が私のためになさるすべてのことは、すでにずっと前から準備しておいたことに違いないと思った。

神様、一人はここに残って福音を伝えるようにしてください
私はソン・スンジョン、キム・チャンウォンと毎日集まって祈り、証をしながら過ごした。私達が卒業を1か月後に控えたとき、私たちはたびたび集まって祈る時間を持った。
「私たち3人のうち1人はここに残らなければならない。引き続きこの部隊で福音を伝えなければならない。」
時間があるたびに私たちは祈った。
「神様、私たちの中の一人はここに残って多くの後輩たちに福音を伝えさせてください。」
私たちは神様を信じた。しかし、私たちがその部隊に残ることはほとんど不可能だった。当時、通信訓練所ではクラスで5位内に入れば自分が部隊を選んで行くことができた。私たちのクラスには入隊前からモールス符号を扱った人が8人もいたので、5位内に入ることは不可能だった。後に私が試験課に勤めた時に成績を確認したところ、私は40人うち13位だった。その成績では絶対に通信訓練所に残ることはできなかった。そのため、私たちは神様の前で切実に祈った。
一等兵になって卒業する日、バン中尉に感謝の気持ちを伝えるために、教授本部に行ってバン中尉の出勤を待った。
「バン中尉様、おはようございます。私は今日卒業します。今まで色々と助けていただき、本当にありがとうございました。」
「パク一等兵、少し待ってください。私がパク一等兵をソウルの首都警備司令部に送るか、プサンの軍需基地司令部に送るか、テグの502部隊に送るかと悩みました。」
その部隊は条件が最もよく、誰もが行きたがる部隊だった。
「しかし、パク一等兵がこの部隊に残っていれば私の信仰にも役立つと思って、ここで私と一緒に勤務することにしましたので、あまり寂しく思わないでください。」
本当に嬉しかった。想像もできなかったことだが、そのようにして通信訓練所で軍生活を続けることができた。毎週土曜日に新しい訓練生たちが入ってくると、私は彼らに福音を伝えた。日曜日は午前中に礼拝を導き、午後は信仰相談をしていた。除隊するまでそのように時間を過ごした。当時、ウォンジュ通信訓練所に通った人の中で、私の説教を聞いていない人がいないほど、28ヵ月間福音の仕事ができて、言葉では言い表せないほど感謝した。

私たち、礼拝堂を建てよう
一度は礼拝をささげていると訓練所長がドアを開けて入ってきた。所長は日曜日には部隊に来ないのだが、その日は部隊に来て周辺を見て回って、私たちが礼拝を捧げる所まで入ってきたのだ。私が説教をしながら所長を見てびっくりすると、「宗教を続けろ」と言って後ろの席に座った。説教が終わると所長が立ち上がり「諸君たちに少し話してもいいか?」と言った。「はい、いいです!」すると所長が壇上に上がって来たので、私は訓練生たちに「気をつけ!」「礼!」と言って訓練所長の言葉を聞く準備をした。
「君たちがいつからこんなことをしていたのか分からないが、私は今日初めて知った。韓国戦争当時、私は歩兵中隊長だったが、一度は我が中隊がペクマ高地を奪還しなければならなかった。ペクマ高地戦闘では敵軍や味方の兵士たちが多く戦死したので、戦闘を控えて気が重かった。」
ペクマ高地は前後に平野があり、その中に高地があって我が軍にとっても敵にとっても非常に重要な場所だった。ペクマ高地を占領した方が非常に有利だったので、高地の主が月に20回も変わるほどの有名な激戦地だった。
「戦闘前日の夜、兵士たちがいる防空壕を見て回っている途中、ある兵士がうつぶせになってつぶやくのを見た。『何をしているのか。』『祈っています。』『中隊長のために祈ったのか?』『はい、祈ります。』『そうか。祈りを続けなさい。』その夜、防空壕を回りながら兵士たちに『何を信じてもいい。神でも仏でも、海の神でもいいから祈りなさい」と言った。翌日、ペクマ高地奪還戦闘が始まった。私が『突撃!』と命令を出した時、あんなに勇敢に戦う兵士たちを見たことがない。普通、ペクマ高地を奪還するには多くの隊員たちが死ぬが、我が中隊は最も少ない犠牲者を出して高地を占領した。あの時、宗教の力がどれほど大きいかを知った。しかし、私がこの部隊に来た時は全てが良かったが、教会がなくて残念だった。私たち、礼拝堂を建てよう。」
その日以後、私は訓練所長と一緒に話し合いながら礼拝堂を建て始めた。部隊のトラックに乗って「ムンマク」という所に行き、砂をいっぱい積んでレンガ工場に持って行くと、レンガ20個をもらうことができた。そのようにしてレンガを集め、1107野戦部隊で木とガラスをもらってきて礼拝堂を建てた。所長と一緒に礼拝堂を建築する間、所長が私を大変喜んでくれた。

祈りたい心を与え、祈るたび全てを助けてくださった神様
歳月が経って数年前に再びソン・スンジョンに会った時、ソン兄弟が言った。
「パク牧師、パンの代金を払え。」
「何のパン代?」
「通信訓練所で私が毎日パンを買ったじゃないか!」
振り返ってみると、通信訓練所にいた頃は毎晩パンを食べていた。私が軍隊に行くときお金を持っていかなかったので、パンを買うお金がなかったが、毎日パンを食べていたことを思い出した。後で分かったことだが、ソン・スンジョン兄弟がいつもパンを買ってくれていたのだ。ソン・スンジョン、キム・チャンウォン兄弟はジョンラド地域の出身で、私はキョンサンド地域の出身だ。キョンサンドの人は気性が少し荒いのに比べ、二人は物静かで親しみのある人たちだった。歳を取ってもグァンジュに行ったときソン兄弟に会って一緒に食事をするのがとても幸せだ。

私が軍隊に入る前に祈ったことを、神様が軍隊でその祈りに答え、私を助けてくださった。軍隊で過ごしている間にも私は数多くのことをお祈りし、神様が聞いてくださるのを見た。その後、キムチョンに行く時も神様が助けてくださり、何も持たずにテグに行ったときも神様が助けてくださった。神様は私に祈りたい心を与えて、祈るたびすべてを助けてくださった。そのように働いてくださる神様に心から感謝した。

昔は食べ物がなくて苦労するなど、家も粗末で足りないものも多かった。今私は大きな教会の牧師なので何も不足なことはない。ご飯もいっぱい食べてぐっすり寝ながら福音を伝えている。このように恵まれた人生を送るようにしてくださった神様、特に、私たちが祈ることを一つも欠かさず成し遂げてくださる神様を思うたび限りなく感謝をささげる。

私が歳を取ったのでどれだけ生きられるか分からないが、残りの人生も神様が導いてくださると信じている。その後、さらに栄光の天国が待っているという事実を考えると、この上なくありがたい。特に今年は新型コロナウイルスによって困難も多かったが、そのせいでより早く福音が広まることができた。昨年は米国CTN放送局が私の説教を放送したが、今年は米国で40以上の放送局が私の説教を放送することになり本当に感謝している。これを通して、米国の人々がみな罪の赦しを得て、米国が新しい国になることを願う。我が国と全世界の人々がこの福音を聞いて救われる尊い神様の働きが起こることを期待する。

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