ファン・ヒョジョン(グッドニュース・カンナム教会)
私はこのように罪の赦しを受けました

 父は神学校を卒業した後、牧会を始めた。父は神を全く知らない人、イエスの話を一度も聞いたことがない人、そんな人々が住む所に行って教会を開拓し、伝導することが父は使命だと思った。
父のおかげで私は、いわゆる母体信仰人としてこの世に生まれ、幼い頃から教会での信仰生活に接しながら成長した。弟がさらに4人生まれたが、私たちはみんな同じ環境で育った。

 コジェドで高校を卒業した後、キョンジュにある東国大学の漢方医大に入学した。周りの人たちから多くの関心を受けた。牧師息子で漢方医大に入り、信仰生活も熱心にする…。人生の夢を信仰の中で描き、すべてを神様に関連づけながら善に暮し、聖書のみことばどおりに生きようと努力した。私はどこから見ても神様によく仕える人だった。

 1985年、道を歩く途中、ある人に会ったが, その人が私にこう尋ねた。

「罪の赦しを受けましたか? 生まれ変わりましたか?」

 聞き慣れない質問だった。幼い頃から長老教会で育った私に「神様に属している人なのか」を問うときは、馴染みのある質問である「イエス様を信じますか? イエス様を迎えましたか」である。私は、見知らぬ質問を投げかけるその人にこう答えた。

「私は神様の子どもです。私に伝道するより、神様を知らない人に伝道してください。」

 すると彼は私に、罪を赦されたことがあるかどうかを具体的に尋ね始めた。道端での揉め事で腹が立った。その後、彼は聖書を開いて話したが、聖書を見れば彼の話が正しくて、私の話しは間違っていた。私の話は自分の考えに過ぎなかった。私は怒りのあまり声を荒げた。

「イエスを信じない人に行って神様の話をして信じろと言いなさい!」

 そのようしてその人との話は終わった。ところが、その人が私と別れるとき、私に小さな冊子を一冊手渡した。後でその本を読んでみると、その中にはある人が生まれ変わった証が詳しく書かれていた。内容を読んで驚いた。

「こんな明らかな過程を経て生まれ変わるんだ!」

 その本には、文章を書いた人が多くの罪で悩んでいたが、あるとき、神様のみことばを心に受け入れて「私の罪は完璧に洗われた。罪が洗い流されて雪より白くなった。」と、信仰が入ってきたことを証していた。その部分を読んでとても気になった。

「みことばを心に受け入れたという部分と、罪が洗い流されたという変化の間に何かがありそうだが、それが何だろう?」

 私は、自分が神様の子どもではないという考えはしたことがなかった。そのため、どうすれば神様の子どもになるのかについて知ろうとか、心配もしていなかった。
ところが、突然‘私は本当に神様の子どもとして生まれ変わったのか’という疑問が湧いてきた。
道端で会って揉めていた人を思うと腹が立つが、一方では彼のおかげで私の信仰を確かめるきっかけになってよかった。

私の信仰は確実でないかも知れない。神様を信じる部分を明確にしなければならない。」

 その後、多くの教会を訪ね歩きながら説教を聞いた。しかし、私の気になる部分について明確に答えてくれる人はいなかった。仕方なく私は父と母を訪ねた。

「母さん、天国へ行く確信はどのようにして得られますか。どうすればいいんですか?」


「自分の信仰で天国に行くのよ。私はわざとお前に乳児パプテスマを受けさせなかったの。お前は大きくなってから自分で学習をしてパプテスマを受けたじゃないか。そのとき、お前も神様の前で信仰の告白をしたでしょう。」

「はい、信仰の告白をしました。」

「パプテスマも受けただろう?」

「はい、受けました。」

「それならお前はイエスを迎えたの。それで天国に行ける。」

 父にも聞いたが、父もまた母と同じことを言った。両親の話を聞いても、心の息苦しさが晴れず、周りの信仰生活に熱心な先輩たちにも聞いたが、確かな返事は聞けなかった。その後、とても有名な宣教師たちを訪ねて聞いてみたが、やはり確かな答えは得られなかった。

「このままでは私は天国に行けないかもしれない…私は生まれ変わることが何か分からないから…」

 そのままでい続けるわけにはいかなかった。嫌だが、私に小さな本をくれた人に連絡して、生まれ変わったことについて聞くしかなかった。再びその方に会ったとき、その方は私にテグに行かないかと言った。その方について私はテグに行った。
ソウルで牧会をしているパク・オクス牧師の伝道集会に参加するためだった。1週間の集会で私が行ったのは木曜の夕方だった。

 その日、パク牧師は、私たちの罪がどのようにして洗い流されるのか詳しく説明してくれた。私たちの罪がどのようにしてイエスに移るのかについても話してくれた。小さな冊子で読んだ、証を書いたその主人公が罪のゆえに苦しんでいたところ、突然、神様のみことばを受け入れて、罪が洗い流されたという話の中間過程が何なのかについて初めて知ることができた。‘ああ、このみことばのおかげでそう言えたのか!’その日の夕方に聞いたみことばは、まるでパズルのピースがぴったり当てはまるように、私が気になっていたところを、明快に解いてくれた。

 一度も聞いたことのないみことばで、とても驚かされた。集会場の後ろに座って聞こえてくるみことばを夢中で書いた。

「聖書のこの部分はこういう意味だったのか!」

 胸がいっぱいだった。私が天国に行けるという確証を他のところで探していたが、その確証は真に聖書の中にあった。パク牧師は聖書の1節1節を説明していたが、私のすべての罪はそのみことばの中できれいに解決されていた。

「私の罪があのようにしてイエスに渡されたのだ!」

「見よ。世の罪を取り除く神の小羊。」

「イエスが私の罪を負ってくださった!それでイエスは私の罪のために十字架に釘付けられたのだ!そのようにして私の罪がなくなり、洗い流された。だから神様が私たちの罪を思い出すことはしないと言われたのだ!」

 その日、私ははじめて真の福音を聞き、その福音が心に臨んだ。そのみことばを聞いているうちに、私の罪は完全に解決されていた。私はその日救われ、生まれ変わった。

 当時、プサンにいた両親を再び訪ねた。

「母さん、私、救われたよ! 私の罪がすべて洗い流された! 私、今は天国に行ける確信ができたよ!」

 嬉しさのあまり母に大声で話した。私の話を聞いていた両親は変な目で私を見ながら言った。

「お前、異端に騙されたのでは…罪がないと?お前は罪を犯さないのか?お前はここで生きていく人なのに、どうやってお前が義人になれるんだ!」
両親は私が間違っていると思い、激しく非難した。

「私は本当に罪を洗い流しました。」

「何だと?こいつが。」

 喜びに満たされて両親に伝えたのだが、激しくぶつかってしまった。本当に不思議だった。私が救われたことを両親が喜ぶと思ったのに…。
日曜礼拝のときに、父の説教を聞いていたらもどかしくて聞けなかった。‘あれは違う…父さんも本当の福音を知らなければ…’という気持ちになった。父も私がそう感じていることを知っていた。
その後、父と私は13年間も戦った。大声を上げて喧嘩をしたときもあり、父が過激に話したときもあり、私も‘二度と帰ってこない’と声を張り上げるときもあった。
ある日、母から電話がかかってきた。父さんが食道がんになったと言った。とてもショックだった。その頃は父との仲が悪くなってしばらく会わずに暮らしていた。
父さんが癌だという話を聞いて私は‘長く生きられない’と思った。父に会って、もっと積極的に福音を伝えようと決心した。

「父さん、一度だけ聞いてみてください。」

「お前は異端だから私は聞きたくない。」

 父は私が伝える福音を一度も聞こうともせずに、私たちの教会が間違っているとばかり思っていた。父は長い間牧会をしながら道会長も務めていた。誰も父の信仰に対して語る者はいなかった。そんな父に私が生まれ変わることについて話そうとすると、父は私が父の信仰を判断していると思っていた。それが父の自尊心を傷つけたようだ。
ある日、母がまた電話をした。

「父ちゃんの状態がよくない。それでも最後にもう一度手術をさせてあげたい。」

 私も父の最後が近づいたと思っていた。私は神様にひざまずいて祈りをささげた。

「神様!私の父がこの福音を初めから最後まで聞くようにしてください!父がこのまま亡くなったら、私の胸が裂けそうです。この13年間争ったが、神様、どうか一度だけ機会をください!」

 その日は固く心を決めた。父と二人きりで座った。父の体はひどくやつれていた。 食道がんのため、食べ物を噛んでも飲み込むことができなかったが、気は確かだった。

「父さん、私は40歳を過ぎました。信仰の問題で父と争ってから13年が経ちましたが、未だに私が異端に陥っているように見えますか? そうは思わないでしょう。私は漢方病院を営み、結婚もして子どももいます。しかし父さんは私の話を一度も聞いてくれませんでした。父さん、息子の話を聞くからといって、父さんがこれまでしていた神学の勉強や宣教や牧会活動にひびが入ったり、名誉が傷つきますか?父さん、一度だけでも聞いてください。」

 父は力尽きて断る力もなかった。その日、私は初めで最後だという思いで父に福音を詳しく伝えた。父は、最初は聞きたくない表情をしていたが、時間が経つにつれてよく聞こうとした。あるときからはうなずき始めた。父は私の話を受け入れた。 最も重要なところ、私たちの罪がどのようにして贖われるのかを、私の証とともに詳しく伝えた。父はしきりにうなずいた。父が福音を心に受け入れていることを感じて、とても感謝し、嬉しかった。
福音を伝え終わったら4時間も経っていた。震える胸を落ち着かせながら父に聞いた。

「父さん、父さんは今、罪人ですか、義人ですか?」

 私が義人になったと言ったときから父と戦った歳月が13年だった。今、父が何と言うか…ついに父が口を開いた。

「私も義人になった。」

 父がそんなふうに言うとは!私は信じられなかった。

「父さん、本当に罪が赦されたのですか?雪よりも白くなりましたか?」

「私は雪よりも白くなった。」
 もう一度聞きました。

「聖なる者とされましたか?」

「聖なる者になった。」

 その日、私は飛んでいくほど嬉かった。喜びを抑えながらもう一度聞いた。

「父さん、このみことばがこんなに簡単なのに、なぜ聞かなかったのですか?聞いてみたらこんなにいいのに、なぜ1回も聞こうとしなかったのですか。」

「そうだな…もっと早くこのみことばを知っていたらよかったのに…」

 最初で最後に、父と信仰的に打ち解けて話した時間だった。今もあの日が忘れられない。父が救われた日!飛び跳ねるほど嬉しかった日!13年間も争いながら福音を受け入れなかった父は、そのようにして救われた。集中治療室にいる父と一緒にいたとき、夜更けまで父は私を見ていた。

「父さん、眠たくないですか?」

 父は何も言わず、ただ私を見つめていた。
あまり話さなかったが、その夜、父と私は心の中で多くのことを話していた。私がソウルに戻ってきてから1週間後、夜遅く弟が電話をしてきた。

「父さんが亡くなりました。」

 その声に途方に暮れた。私は静かに天を仰いだ。

「神様、本当に感謝します!」

 神様に感謝をささげた。そして心で父に話しかけた。

「父さん、病気だった身体からもう自由になりましたね。父さん、その日、そのみことばを聞かなかったら大変なことになるところでしたね? 父さん、そのとき、父さんがみことばを受け入れて救われたこと、それは本当によかったでしょう? 父さん、もう私の気持ち分かりますよね?お父さん、本当に幸せでしょ?」

 私はしばらく父に話をした。振り返ってみると、父が私を受け入れてくれたその日、福音を受け入れてくれたその日が今でも感謝である。その日が限りなく美しい!